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畔 道 じ か ん  no.22
Feb.2011

去年は正月元日が満月、秋分も冬至も満月だった。そして今年は2月3日の節分が新月で陰暦の元日、なにか陽暦と陰暦がリンクしているようだ。
そのせいか今年は、自分の気持ち的には正月が陰暦にシフトしてしまった。
そしてゆっくり冬ごもり・・。

インターネットの中は深い森のように、情報が連なっている。そこを巡りながら僕はいろいろな木の実を吟味するように情報を採集する。
一昔前、情報は給食のように与えられるものだった。それによって僕たちの歴史観や社会的価値観やモラルは養われていた。しかしこの情報の森の中では、自分の心に響くものを選び取って、そしゃくし繋ぎ合わせながらリアリティが生まれてゆく。
森は誰かが全体を計画したのではなく、一本一本の木々が生える事で、森として成長してゆく。
情報の世界では、コントロールシステムからシンクロシステムへという大きなパラダイムシフトのうねりが始まっている。そしてその結果、心が求める本当の自分という所に帰結し、自分達自身も無機的意識から有機的意識へ、もっと抽象的に言えば一神教的世界観から多神教的世界観へ、シフトして行くのではないだろうか。

今日は陰暦1月15日、満月小正月、久々に田んぼに出てみる。
一昨日のみぞれで田んぼはなみなみと水を張っている。くろを補修したり、畔にたまった落ち葉を掃いて田んぼに入れたり、冬ごもりしていた体がほぐれて気持ちがいい。
この大きなパラダイムシフトのうねりの中で自分が食う米を自分で作る嬉しさの意味をあらためて味わっている。 賀春 (88連載)

畔 道 じ か ん  no.21 絵を描くこと
Oct.2010

・・・世界各地の洞窟等に残るペトログリフと言われる岩絵。その多くは、世界と人の繋ぎ目だった狩りの獲物である動物をモチーフにしている。
人は絵を描くことで、自分と世界を繋ぐ意識をより鮮明にし、無意識的な存在をシンボライズさせて具体的な意識として共有した。つまり絵はシャーマニズムと共存していた。
絵を使うことで人は、見えないが確実に存在するいわゆる霊的な力を知り、それは狩りの結果を良いものにした・・・・

ジョセフ・キャンベルの本で確かこんな内容を読んだことがあって、まさに目からウロコが落ちる気持ちだった。と言うのも、ニューメキシコやアリゾナやハワイやマリのドゴン村や、僕が心惹かれて旅したところには、そんな岩絵が現存していて、そこの空気の中で、そこの時間の中で岩絵に出会うのは僕にとって至福の喜びだったし、その喜びはどこから来るのか興味深かったからだ。

さまざまに細分する芸術用語や観念的なアートとは無関係に、3歳の子供が描く母の姿のように、アフリカの祭りの仮面のように、インディアンの砂絵のように、ただ心が純粋に必要として描く原初の絵をそこに見た。

旅の後僕は、もう一度シンプルに、絵を絵として描きたいと思った。自分と世界を繋ぐものとして、そしてそれを共有するために、喜びと共に、現代という岩肌に。

今年は収穫と展覧会の絵の制作期間がちょうど重なったので、一日の前半に稲刈りをして後半は絵を描いている。
田んぼで稲や土や水に触り、谷戸の空を眺めたりすることと、絵に向き合い、イメージを作品にすることが共存している。
自分にとって、こんなに幸せな世界との繋がり方はない。 (88連載)

畔 道 じ か ん  no.20
Aug.2010

最近、アマテラスという象徴的な存在に出会う。
音楽を担当し今制作中のCD-Book「やまとかたり - あめつちのはじめ」の著者、大小田さんの訳では、イザナミと別れて黄泉の国から戻ったイザナギが禊ぎをすると、たくさんの神が生まれた。そして最後に生まれたアマテラスは、高天原を治めるように与えられ、稲の霊が宿る玉の首飾りを授かったという。
縄文後期に始まった稲作文化の象徴性をこの神話からは感じ取れるのではないだろうか。
もう一つ出会ったアマテラスは映画「ガイアシンフォニー7番」だ。
楽曲を使っていただき、試写を見終わった時に、この映画が表しているのはアマテラスだなあと思った。
自然治癒医学の博士や女性探検家のドキュメントと共に、そしてコラージュされる火や水の神道儀式の場面や、このクニの美しい風景が、自然を制覇する対象とする父性ではなく、敬いつつ一体化するものとするオルタナティブな母性的意識が全編を通して表されている。
田んぼに入って稲とつき合って体感するのは、お米は土の上で、日と水から産まれるんだなあということ。
里山的な汎オーガニックな世界観にマインドが共振し、そこから新たな事や物が築かれてゆく。
僕のなかに現れてきたアマテラスはそういう象徴的な存在だ。
お日様の光を仰ぎながら、自らも光輝く蓮の華。今年も咲いてくれた。
稲たちも、一緒に花を咲かせ始めました。
(88連載)

畔 道 じ か ん  no.19
May.2010

おもしろい日本ミツバチの話を聞いた。
春先、女王バチは分家をするための新しい女王を産む。そして、ある天気の良い日に、なんと群れの半分、15000匹程の働きバチが新女王に付いて巣を飛び立つのだ。
そのために、あらかじめオスの偵察係が四方八方に飛び、巣に適した穴蔵を探しまわるのだと言う。
一方、ハニー・ハンターはその偵察係のハチが好みそうな所に、気に入りそうな巣箱をセットして、群れを招くのだ。
自然からの情報を群れの中で伝達し合って生きているミツバチ達。その習性を知ったハニー・ハンターは蜜を得ることができるわけだ。
また、日本ミツバチの特性として、単一の花に群がらず、多種類の花の蜜を集めるというのも興味深い。たとえば、巣の前にレンゲ畑があったとしても全員がそこに行くのではなく、それぞれのハチが多種多様な野の花を飛び交い蜜を集めるのだそうだ。
なにか、それってとても縄文的じゃないか?
そんな話をしてくれたフィル君は、ハチのことを知り尽くした養蜂家の先生から教えを受けた。そして去年、彼自身で日本ミツバチの群れを招くことに見事成功して、その縄文的蜜を味わうことができたのだ。
春の田んぼで、今日はなんという幸運だろう。
日本ミツバチの貴重な情報を得たうえに、自作の巣箱をフィルが持って来てくれたんだ。

畔 道 じ か ん  no.18
Jan.2010

今年は少し遅いが、年を越して田んぼに水を入れた。
落ち葉でいっぱいになった小さな水路をきれいにして、取水口を開ける。
山からの水がサラサラと入り始める。
畔に切った排水口に土を盛り、水位を調整する。
一年の始まり。
ここで田んぼをするようになって、もう11年目、冬期湛水にして耕さなくなって6年目。
ここには森の腐葉土と少量の糠以外、肥料を入れていない。
でも毎年ほぼ同量のお米を、ここからいただいた。
色々な種類の虫やカエルも殖え、季節を通して花々が咲く。溜池には睡蓮や蓮が咲くようになった。
森の片隅でガーデニングをしているようだ。
まったく経済的な行為ではないが、自然との折り合いを感じることができる。
何より自分のいのちが喜んでいる。
経済って何だろう。
・・人間の生活に必要な活動の結果、形成される社会関係。
であるなら、経済を論ずる前に、まず自分が本当に望んでいる有機的な生活をつくることが先だろう。
有機的って何だろう。
生きているということ。いのちという関係。
森は、誰が計画したわけでもなく、ひとつひとつの命が、一本一本の樹が、輝いて生きぬくことで、
自然に多種多様に共生し合い、生い茂って成長している。
僕たちも個を輝かせ、有機的な世界を生き始めているのだろう。
田んぼは今、落ち葉でうまり、冬の眠りについているようだ。
でも森では、木々の芽が膨らみ始め、着々と次の季節が準備されている。 (88連載)

畔 道 じ か ん  no.17
2009. Jul.

アテルイという名前を知っているだろうか? 何だかインディアンの名前のようだけど、この列島の原住の民のリーダーの名前だ。
言い伝えでは約1200年前、出来たばかりの日本国の征夷大将軍だった田村麻呂の軍と戦った末、都で話し合う為に友のモレと田村麻呂に同行するが、二人は都に着くと即処刑されてしまう。田村麻呂はそれを悔やみ鎮魂を祈り、若狭の深い森の中に明通寺を建立した。
これは、アメリカで言えば、騎兵隊とクレージー・ホースの戦の話に似ている。
2年前の春、Walk9が若狭に差掛かった時、「虹海祭り」が明通寺で行われ、本堂で演奏をした。その時僕は寺の縁起を知ると同時に、アテルイの存在と出会った。それからしばらく、何か悶々としたものがあったのだが、ある日ふと、それが言葉になって出て来た。
それは「アテルイからの言葉」と「アテルイへの言葉」という2編の詩になった。そして「いのちのもり」という曲として生まれようとしている。
1200年をへて、統一国家というパラダイムが崩れようとしている今、もっと大きく捉えれば、火の文明から水の文明へシフトしようとしている今だから、森に住むアテルイのスピリットは、僕たちに呼びかけるのだろう。
 今年の春は、とにかく雨が多い。梅雨が明けたと思ったら、また戻って毎日雨が降る。稲たちも思いっきり日を浴びたがっている。特に緑米はそんな感じで、所々イモチも発生してしまった。
でもがんばれ。こんな時はしっかり根を張って、水で悪い気を流し、風通しを良くして、日が照るのを待とう。
池でも蓮の蕾たちが、すっと立って、空に向っているよ。

畔 道 じ か ん  no.16
Apl.2009

サクラフブキ、花ふぶき、今日はタネマキ苗代に、
発芽した種モミを蒔く、クン炭を蒔く。
楓も柿も芽を吹き、山は瞬く間に緑に変わる。新緑の中でウグイスは歌い出し、セキレイが田んぼで水しぶきを光らせて羽を洗っている。
一瞬の風で、幾万ものサクラの花びらが一斉に大木から宙に舞う・・・。

ユメノクニという楽曲がある。アリゾナのチャコキャニオンで、何日も録音をしていた時に生まれた。そこはかつて、大きな環境のシフトで人が住まなくなった石の文明の遺跡。今では乾いた雑木と、石を積み上げた大きな建物の跡が散在するところだった。
この曲を演奏するとき、僕はいつもこう言う。「かつてクニという言葉は、そこに住む山河草木、生きもの達すべてをさしていた。そして未来もそうであるという思いを込めて・・・」

石の勾玉のクニ、銅の鏡のクニ、鉄の剣のクニ・・・。数々の宗教や権力が重なって、文化や思想が混じり合ってきた私達のクニ。
そして今、近代の文明を吸収しきって、このクニは何のクニになったのだろう。どんなクニになろうとしているのだろう。

空に舞ったサクラフブキはヒラヒラと舞い降りて、苗代や田んぼの水面いっぱいに散らばった。 
祝福の日、タネマキの日。

畔 道 じ か ん  no.15
Jan.2009

この数年、冬至の日に田んぼに集って儀式をするようになった。自然にできたスタイルなのだが、大切なポイントに塩とお米を葉っぱに盛って、お酒を蒔き、笛と太鼓を奏で、感謝の祈りをする。
まずはこの谷戸の氏神さまのヤシロ。そして山からの水を引く入り口の所、ここでは取水口を開け冬季たん水を始める。新しい太陽が始まる日に新しい水を入れる、これも何となく恒例になってきた。
最後に側面の山を登って、頂上にある小さなお稲荷さんにお参りする。
この一年、本当に楽しい思いをいただいて、しかも米も立派にできました。ありがとうございます・・。
今年は、下の段で畑をしているお爺さんに藁縄作りを皆で教わり、正月用のしめ縄を収穫した藁でつくることができた。納屋にも東屋にも、しめ縄を飾ってすっかりお正月の雰囲気だ。
四季を通して、一日を通して、一瞬の中で、自然から身全体で感じる情報があると思う。天気と一体のカエルや虫たちの鳴き声、次の季節を着々と準備する植物たちの営み、お日さまに呼応して咲く花々、瞬間を祝福するような風、身体が記憶している空気の香り。情報は言語や映像だけではなく、自然が発しているバイブレーションの中にもある。むしろその方が人にとって根元的であり、頭ではなくて細胞が受け取っている情報なのだろう。
年があけて久しぶりに田んぼへ行ってみた。満開の水仙の香りにうっとりとして、見上げると、梅の蕾がいっせいに咲こうとしている。

畔 道 じ か ん  no.14
Oct.2008

里山は日本の原点だ。街が壊れても、里山が健全ならすぐに立ち直れる。でも里山が滅びたら街も滅びるだろう。
森の水は里山をうるおし稲を育て、海に流れて海の森を育ててきた。日本の文化や感性も、縄文まで遡る里山的ライフスタイルが基となっているように思える。
こうして谷戸に座っていると、谷が奥深いところで森に繋がるように、僕たちの心の奥底には縄文の霊性が広がっているのを感ずる。
縄文性って何だろう。
母なる森と海に身をゆだね、自然から全く分離していない感性。
宇宙そのものの心。無の心。空なる器。
いつの時代でも日本人は、その空なる器に外来の全てを受け入れ、混ぜ合わせて、新しくいのちを与えてきた。
それは、空なる器、縄文の心がベースにあったからこそ成されたユニークな歴史なのだ。
「有」であることがアイデンティティーであるというあり方に対して、一見分かりにくいが、「空」なる器というアイデンティティーを自覚した時に、日本人は本当の自信を持つことが出来るのではないだろうか。
そうしたら縄文ルネッサンスが始まるかもしれない。
木の葉が舞い始め、秋の空が広がる頃、ここの田んぼはササニシキ、黒米、緑米の穂がまるでパッチワークのように、それぞれの色に染まり始め、輝いている。

畔 道 じ か ん  no.13
May.2008

春の田んぼは赤ちゃんでいっぱいになる。と言っても人の赤ちゃんではない。
苗床上に敷いたクン炭(モミを空き缶に入れて焚き火にくべてつくった炭)の下で何万個もの種から根が生え芽が芽生える。
この時期の種モミは、いわば子宮の中にいる状態で、温かさと湿度とが必要で強い光を嫌う。クン炭を5ミリ位の層になるように振りかけて水をやって湿らせておくと、そのような環境をつくることができる。
しかも炭にしてあるから殺菌もされているし、何といってもモミは去年ここで収穫したのだから、完全なリサイクルだ。
クン炭を突き破って出てきた芽は緑に染まり、光合成を始める。この状態で人で言えば産まれ出た赤ちゃんというところだろう。(この場合は緑ちゃんか)
冬期たん水農法では冬から水を張っているので、この頃にはいろいろな水中生物の赤ちゃんでいっぱいになる。中でもオタマジャクシは種モミの数を上回るほどで、小さな種類から大きなものまで、田んぼはオタマジャクシだらけなのだ。
初夏になって苗に葉っぱが五、六枚生えたら広い田んぼの方へ田植えだ。この頃、稲は幼稚園というところか。植えて二週間もすると葉の色が一段と濃くなってくる。根がしっかり付いた証拠だ。これで一安心、この子たちはこれから自力でスクスク伸びていく。
この頃はヘビの子供にもよく出会う。虫やオタマジャクシをくわえていたり田んぼを走り回っていたり、かわいいものだ。
ヘビは異なものとされてきたが、それは何故だろうと思う。里山ではヘビがいるのはその地が豊かである証であるにもかかわらず。
最近はカエルが減ってヘビも見なくなった地方もあると聞く。
この谷戸はみんな元気です。

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